2007年 12月 28日
伊予行き 33:内子町12上芳我家1 |
8月11日の内子町滞在した時の、今回の紹介は上芳我家。
木蝋(晒蝋)の生産で栄え、当時の面積を残す商家群が約600mにわたって残っている八日市・護国寺の町並みのメインが上芳我家。本家の本芳我家は公開していないのが残念だ。
上芳我家は通りの間口に比べ敷地の奥行きがあり、大きな敷地である。
HPより
「文久元年に本家の本芳我家二代目孝直が妹満智に養子を迎え、芳我家の家督と金、晒場の三割を与えて分家させたもので、上手に位置していたことから上芳我邸と呼ばれました。」
「出店蔵、物置が分家当時の建物で。明治27年(1894)に建てられた主屋をはじめ、各建物は質の良い材をもちいており、敷地も往時の面影がよく伝わってきます。平成2年(1990)に国の重要文化財に、平成3年(1991)には、製蝋用具が国の重要有形民俗文化財に指定されています。」
店に隣接した表の土間。
中間の土間。
裏方の土間。
木蝋(晒蝋)の生産で栄え、当時の面積を残す商家群が約600mにわたって残っている八日市・護国寺の町並みのメインが上芳我家。本家の本芳我家は公開していないのが残念だ。
上芳我家は通りの間口に比べ敷地の奥行きがあり、大きな敷地である。
HPより
「文久元年に本家の本芳我家二代目孝直が妹満智に養子を迎え、芳我家の家督と金、晒場の三割を与えて分家させたもので、上手に位置していたことから上芳我邸と呼ばれました。」
「出店蔵、物置が分家当時の建物で。明治27年(1894)に建てられた主屋をはじめ、各建物は質の良い材をもちいており、敷地も往時の面影がよく伝わってきます。平成2年(1990)に国の重要文化財に、平成3年(1991)には、製蝋用具が国の重要有形民俗文化財に指定されています。」
by nisi93jp
| 2007-12-28 17:38
| 内子町(愛媛県)
|
Trackback
|
Comments(0)