2010年 01月 11日
ウィーン工科大 網野先生 |
1月7日にウィーン工科大木造建築学部の網野禎昭先生から下記のメールが届いた。
「ブログを楽しく拝読させていただいております。オーストリア研修17のマッシブホルツを読ませていただいた時に気がついたのですが、シュテファン・ヴィンターさんはミュンヘン工科大に勤めております。ウィーン工科大はヴォルフガング・ヴィンターです。苗字が同じですから皆さんお間違いになるようです。」
2006年にオーストリア研修の時、ウィーン工科大の案内と網野先生のボスのヴォルフガング・ヴィンターの講義を受けた。その数日後、ブロゲンツの建築家ヘルマン・カフマン教授(ミュンヘン工科大教授)の手配でミュンヘン工科大のシュテファン・ヴィンター教授の所に行く予定であった。
どちらも苗字が「ヴィンター」なので、しかも「ビンター」とも私が混乱して使っていたのだった。
早速、訂正し、間違いの指摘のお礼のメールをした。
ウィーンで私のブログを読んでくれているのだった。
あちこちを見て歩いて、木造建築の現代の技術と文化の蓄積が先端なのはオーストリアと思っているので光栄だ。
3月のオーストリア・スイスのパッシブハウス研修の前で、タイミングが良く、見るべきパッシブハウスや木造多層階集合住宅をあげてもらうお願いをした。
「ブログを楽しく拝読させていただいております。オーストリア研修17のマッシブホルツを読ませていただいた時に気がついたのですが、シュテファン・ヴィンターさんはミュンヘン工科大に勤めております。ウィーン工科大はヴォルフガング・ヴィンターです。苗字が同じですから皆さんお間違いになるようです。」
2006年にオーストリア研修の時、ウィーン工科大の案内と網野先生のボスのヴォルフガング・ヴィンターの講義を受けた。その数日後、ブロゲンツの建築家ヘルマン・カフマン教授(ミュンヘン工科大教授)の手配でミュンヘン工科大のシュテファン・ヴィンター教授の所に行く予定であった。
どちらも苗字が「ヴィンター」なので、しかも「ビンター」とも私が混乱して使っていたのだった。
早速、訂正し、間違いの指摘のお礼のメールをした。
ウィーンで私のブログを読んでくれているのだった。
あちこちを見て歩いて、木造建築の現代の技術と文化の蓄積が先端なのはオーストリアと思っているので光栄だ。
3月のオーストリア・スイスのパッシブハウス研修の前で、タイミングが良く、見るべきパッシブハウスや木造多層階集合住宅をあげてもらうお願いをした。
by nisi93jp
| 2010-01-11 10:04
| お知らせ
|
Trackback
|
Comments(0)




